明るく、楽しく、嫌らしく。 難しい事は易しく。 重い話題は軽くさばきます。 syn3の私的覚書きです。
年始の神社参りにあたって知っておこう 注連縄Part3
2006年12月28日(木) 07:00
<津和野 太皷谷稲成神社 島根県> 20061228071001.jpg


新年を迎えるにあたり、神社にお参りする機会もあると思います。そこで、神社に付きものの注連縄について、まとめておきたいと思います。ここでは、一般とは逆の、左本右末型について。

出雲大社型の左本右末型注連縄を持つ代表的な神社としては、愛知県津島市の津島神社(祭神は牛頭天王つまりスサノオ)、同じくスサノオ(クシミケヌ)を祀る熊野大社、大物主を祀る三輪山の大神神社、愛媛の大三島町にある大山祇神社などが挙げられる。珍しい結び方ではあるが、決して出雲大社だけのものではないということに注目したい。

「注連縄の豆知識」はこちらをクリック!(参照)
  http://www2s.biglobe.ne.jp/~auto/SIMENAWA.html


左本右末は注連縄の一割程度しかない。

逆に言えば一割もある。 代表的なものを上げると
・津島神社拝殿(愛知県津島市)祭神:須佐之男命 (すさのおのみこと)全国の津島神社3000余社の総本宮。
・出雲大社(島根県大社町)  祭神:大国主命
・熊野大社(島根県八雲村)  祭神:熊野大神櫛御気野命(くまののおおかみくしみけぬのみこと)素戔嗚尊(スサノオ)と同一神とされる。
・大神神社オオミワジンジャ(奈良県櫻井市)祭神:大物主(おおものぬし)大国主命
・大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)(愛媛県大三島町)祭神:大山積神(オオヤマツミ スサノオの妻の系統)岩長比売(イワナガヒメ スサノオと結婚したオオヤマツミの娘のコノハナチルヒメは、イワナガヒメの別名であるとする説もある。)

こうしてみると、左本右末の注連縄を用いる神社の祭神は、大きく素戔嗚尊と大国主命に集約されそうである。

ここで、注連縄の起源について振りかってみたい。 で、天の岩戸の話を読んでいただきたい。

《天の岩戸の物語》

・・・・・・・素戔嗚尊(スサノオノミコト)の行いといえば、 それはひどいものでした。
田畑を荒らしたり、神殿に糞をまいたり・・・・・・・

ある日、天照大神が神聖な機殿(はたどの)で機織りをしていると、 素戔嗚尊は部屋の棟に穴を開け、 まだら毛の馬の皮を逆さにはぎとって、穴から落とし入れたのです。 驚いた天照大神は機織りのひでケガをしてしまいました。

これに怒って天照大神は天の岩屋の戸を開いてこもってしまったのです。
このため、世はまるで死者の国のように真っ暗闇になって、 あらゆる邪神が満ちあふれ、いっせいに禍が発生してしまいました。

八百万の神々は、天の安川の河原に集まって、相談をし、 常世の国の長鳴き鳥をあつめて、互いに鳴き競わせ、 天の金山(かなやま)の鉄(まがね)を採って日矛を作り、 八咫(やさか)の勾玉をつくり、八咫の鏡作って飾りたてました。
そして天のうずめの命は、香具山の天の日影をたすきにかけて、 天のまさきをかずらとして髪にまとい、天の香具山の笹の葉を 束ねて手に持ち、かがり火を立てて、岩宿戸の前で、 桶を伏せてそのうえで足を踏み鳴らしながら、踊り騒ぎました。

・・・・・天照大神は不思議に思って、天の石戸をすこし開いて、 「私はこの岩戸にこもっているので、世の中はまっくらであろう。 なのになぜ天のうずめは、喜び笑いたのしくさわぐのだろう?。」 といいました。

そこで天のうずめの命は、 「あなた様にもまさる尊い神様がおいでになっているので、 喜び笑い踊っているのです。」と答えました。
このように言っている間にも、他の神様がこっそり八咫の鏡を さしだしたので、天照大神がこれを見て、また不思議に思って、 石戸をまた少し開いて鏡をのぞき込むと、ますます不思議に思い、 そろそろと岩宿戸からでてくると、石戸のそばに隠れてたっていた神様が、 天照大神の手を取って、岩宿戸の外に引き出してしまいました。

また他の神様たちが、天照大神の後ろに注連縄(しめなわ)を引き渡して、 「この中にもうもどらないでください」とお願いしました。

このようにして、世の中に明るさが戻りました。
そして素戔嗚尊は高天原から追放されてしまいました。

 
                         ・・・・天の岩戸の物語


スサノオが忌み嫌われた理由と、注連縄の意味がよく分かる物語だと思います。


☆ここで、太皷谷稲成神社のしめなわですが、画像をご覧下さい。
20061228070127.jpg
 
一般的な、右本左末型であることが分かります。

何で、一般的な注連縄をここにもってきたのか? もう少しお付き合い下さい。

太皷谷稲成神社の御祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)について調べると。
”ウカノミタマは、日本神話に登場する神。古事記では宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、日本書紀では倉稲魂尊(うがのみたまのみこと)と表記する。

古事記では、スサノオの系譜において登場し、スサノオとカムオオイチヒメ(オオヤマツミの娘)との間に生まれ、大年神は兄としている。日本書紀では本文には登場せず、神産みの第六の一書において、イザナギとイザナミが飢えて気力がないときに産まれたとしている。
名前の「ウカ」は穀物・食物の意味で、穀物の神であり、稲荷神(お稲荷さん)として広く信仰されている。

古事記・日本書紀ともに名前が出て来るだけで事績の記述はない。性別がわかるような記述もなく、男神とも女神ともされる。稲荷神社の総本社である伏見稲荷大社では女神としている。”

スサノオの系譜であれば、注連縄は左本右末であるはずです。しかし、注連縄は右本左末型。 となれば、ウカノミタマはスサノオの系譜ではなくて、イザナギとイザナミの子と言うのが柴犬の見方です。 どうでっしゃろ?

今後神社にお参りしたときは、その祭神と注連縄にも興味をもって見てくださると幸いです。

注連縄については今回で終了です。 
パンドラ屋
2006年12月27日(水) 14:09
開店から1ヶ月経ちました。(パチパチ)

そこで、新シリーズをば。
名付けて。「シンボルKのありがちなブロガー」

☆第1話 ”H”なさそい。トラックバック編 「の」ではないのだ。「の」では。

syn3どぇす。  ( ̄ー ̄)/

トラックバックに”H”なお誘いが入ってるで。消したらどうでしゃろ。
わいも、最初の頃はヒツコク来たけどね。最近は諦めたのか、来んようになった。
ブログの管理画面から消せるで〜。


シンボルKです。  ヽ(^o^)丿

コメントかきました〜。
僕のブログのネタが減っちゃいましたよ〜。
トラックバックって消せるのですか? ('◇'*) *知らんかったようです。
さっそく消してみます・・・。


・・・数時間後・・・

シンボルKです。  ヽ(^o^)丿

トラック・バックの消し方がわかりました。
しかし、なんにしても資料あつめと、その消化には、てまどりますよね。
資料と同じことを書けば、パクリになるし・・・。
ノンフィクション作家は、大変な重労働だ・・・。


syn3どぇす。(ー'`ー;)ムムッ  *消されていないのでいらだっている。

エッチなトラックバック消えとらんがな〜。確認してみ〜な。


シンボルK   ほんとだ〜。 (^◇^ ;)

こんどこそ消しました。    *やや、焦ったようです。
おしえていただきありがとうございました。 


ご注意)
この話は、全て実話です。 登場人物はもちろん実在します。
ちょっことだけ、誇張してます。 が、本当にちょこっとだけです。

このシリーズが続くかどうかは、シンボルKがどれだか話題を提供してくれるかによります。 が、間違いなくつづくでしょう・・・。

画像:エヴァ・プリマ・パンドラ」 ジャン・クーザン(父)
evaprima
カテゴリーが消失
2006年12月27日(水) 12:25
カテゴリーの一部が消失していました。(二度目)
(記事は残っていて、他の項目に移動している。)
新たに項目の追加もできない状態です。
現在、解決方法を問い合わせ中ですので、対策が見つかるまでご辛抱願います。

たまりましぇん。(†〇†)

Koblenz 川の流れは
2006年12月27日(水) 06:18
ヨーロッパに行って驚くのは、川が濁っていること・・・。 

夢を壊して申し訳ないが、澄んだ清流にお目にかかることは、ほぼ無いと断言できる。

コブレンツは、ライン側とモーゼル川の合流点として知られる町。 ここは、例外的にきれいな川であるモーゼル川が、
そうでない一般的な川であるライン川に注ぎ込んでいる。

写真は ドイチェス・エック Deutsches Eck と呼ばれる合流地点。エーレンブライトシュタイン要塞から撮影
上側から流れ込むモーゼル川の色と、ライン川の色の違いに注目。
Koblenz20.jpg

後に、ヨハンシュトラウスが「美しく青きドナウ」と称えた、ドナウ川に行くのだけど、その話は次の機会に。

軍事的な要所であったため、合流地点にはドイツ騎士団の家や、対岸にはエーレンブライトシュタイン要塞がある。
写真は エーレンブライトシュタイン要塞 Festung Ehrenbreitstein 
Koblenz10.jpg
ローマの夕暮れ
2006年12月26日(火) 12:00
ローマの夕暮れ

ローマの夕暮れは、どこも美しく切ない。 街角のどこもが、かつての繁栄を懐かしんでいるよう・・・。

2千年以上前に「市民」という概念を見いだした彼らに、尊敬の念、やまず。

スイスは理想郷だったか 中立Part3
2006年12月26日(火) 00:17
締めはやはり、スイスでいきます。 日本人にあれほど理想化された、永久中立国。その実体をあばかせていただきます。(笑い)

では、何故スイスは戦禍をまぬがれたのか?

(*`◇´*)/ ハイ 「中立国だったから。」と思ったそこのあなた。 
そう、あ・な・たですよ。 廊下にバケツもって立ってなさい。 それから、Part1から出直しなさい。

ご存じのように、スイスは両大戦を中立で通し、さしたる災禍も受けなかった。さしたると書いたのは、実は空爆を受けているからです。 「えぇ〜。」っと思った方は多いはず。

実は、連合一家は「ドイツに、ちから〜かしたら、こうなるで〜。」と、スイスのバーゼルなどの国境の都市に空襲をかけた。 「わりい、わりい、あれは誤爆や。」と後で、言い訳しているが・・・。この辺は、関ヶ原の戦いで、徳川が態度のハッキリしない小早川秀秋に鉄砲をけしかけたのと似ているんだよね〜。

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カテゴリーの混乱
2006年12月25日(月) 22:36
原因不明ですが、ブログのカテゴリーが狂ってしまいました。
そのため、おしながきの通りにはなっていません。
現在復旧中ですが、暫くかかりそうです。

ほぼ、戻ったようです。 

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