明るく、楽しく、嫌らしく。 難しい事は易しく。 重い話題は軽くさばきます。 syn3の私的覚書きです。
『姓差別』前編
2008年01月09日(水) 23:58
「性差別の間違いじゃない?」と思った人は多いでしょうが、今回は『姓差別』です。(笑い)


○「迫害」としての姓

年末に、歴史好きの記号君と白石島に行った際に色々話をしたんだけど、その時彼が「ユダヤ人の姓って、すぐにユダヤ人とわかるように植物・金属・石に制限されていたの、知ってます〜? アインシュタインは”一つの石”だし、リリエンタールは”ユリの谷”だし。つまり、すぐにユダヤ人って判るようにしてたんですよ〜。」と歴史の薀蓄を語ってくれました。(笑い)

正直なところ、「君の名前は?」と尋ねられたときに酔った勢いで、「しょせん名前って、タダの記号でしょ。」って応えて以後、”只野記号”と呼ばれるようになった彼から姓名の薀蓄を聞きたくは無かったが、これが歴史のいたずらというもんだろう。(爆)

そんな事を言っている時に、興味深いHPを見つけました。その名は”スウェーデンとほほ”。そこにあったのが、次の記事です。



○「日本名を使ったら仕事見つかんないよ。」 ”スウェーデンとほほ”より
http://reekan-j.hp.infoseek.co.jp/swetoho5.html

かれこれ10年近くになるけど、学校の先生が「あなたはこっちの人と結婚するから 問題ないけど、外国人は名前がスウェ―デン人や西ヨ―ロッパ人とは違うものだ と、就職活動の時に履歴書すら見てもらえないのよ。外国人名、特にイスラムの 名前だったりするとごみ箱行きだから、あなたが結婚するときは名字を変えるこ とを薦めるわ。」と言ったの。イスラム教徒の友人がたくさんいる私ははっきり 言ってものすごく気分を害したのよね。

ところが最近職安に行って係のおじさん と喋る機会があったんだけど、まずわたしの顔と経歴書を見て「あ、スウェ―デ ン人と結婚しているんだ。よかったな。日本の名前で履歴書を出しても、紙ヒコ ―キにして遊ばれるか、ごみ箱にポイだよ。」と言ったの!何それ、どういう意 味!?「紙ヒコ―キ、分かる?紙でヒコ―キを作って飛ばすの。」、、、スウェ―デン語 は通じています!そうじゃなくて、失礼じゃない??「いや、つまり外国人には就職のチャンスが少ないけれ ど、きみはスウェ―デン人の名字だからチャンスがある、ラッキ―って意味だよ。」 わたしの名前がスウェ―デン人のものでも、面接でスウェ―デン人じゃないって 判明すれば同じじゃないんですか?「面接に呼ばれるだけでも、ラッキ―だと思 わないか?スウェ―デン人ですら失業しているのに。実際に中近東出身の移民はこぞって名前をスウェ―デン人名に変更しているよ。そ うでもしなきゃ、仕事が見つからないってこと。」雇用における外国人差別 はなにも日本だけじゃないのね。でも、職安の係自らこんな差別的発言をしてい いのかね?

なんかさ、自分がひどい事言われてもヘコまないけど、他の外国人を悪く言われる とまるで友人を中傷された気分になって、一日中悲しい思いをしてしまう 。




☆おわかりかな。世界は『姓差別』に満ちているのである。


田嶋陽子女史のように北欧を絶賛する方もおられるが、世の中そんなにきれいじゃないって。 ほんとう。 その辺を判って欲しいです。

で、次回は後編です。 ご期待下さい。

「民主主義を阻害したキリスト教」はもうしばらくかかりそうです。期待されている方はご了承下さい。(笑い)
人はいつから死を意識したか
2007年11月14日(水) 21:05
先日友人と愛媛の小藪温泉に行ったときのことである。 美味しい夕食も終わり酒も入っていい気持ちでYamaちゃんと話していたのだが・・・。

話題は、「日本文化における祟りやケガレ意識はいつどの様に発生したのか?」と言うようなものだった。 その時にYamaちゃんが「ネアンデルタール人は既に埋葬をしていて、しかも埋葬地の周囲から花粉が発見されていることから献花していたことがわかっているんですよ。」と教えてくれました。



凄く興味を抱かせる内容だったので帰ってから調べてみたのですが・・・


■葬儀のはじまり

人間はいつのころから葬儀という形で仲間を葬ってきたのでしょうか。残念ながらいまのところその起源をはっきりと確定することはできませんが、考古学的に人為的な埋葬の跡らしきものを確認することができます。
今から10万年ほどまえに、中近東からヨーロッパを中心に広く分布していたネアンデルタール人は、われわれ現世人類とは区別して旧人類と呼ばれています。彼らの遺跡には、既に人為的な埋葬の跡と判断できる証拠が多数発掘されています。例ばイラクのある洞窟では、遺体の周りから多くの花粉の固まりが発見されました。それらは薬用植物の花粉であることが確認されておりますので、埋葬者が意図的に有用な草花を死者に手向けたものと考えられております。
こうした事実から、ネアンデルタール人はすでに”生命”を精神的に認識していたとする研究者もいます。
またわが国でも届葬(くっそう)やかめ棺などの埋葬形式が縄文時代や弥生時代に行われていました。当時の人々の心のありようをはっきりと知るすべはありませんが、死者にたいする恐れや敬いの気持ちがあったことは間違いないでしょう。 このように考えてくると、人類は”文化”の習得とともに、死を意識し、死者を葬る習慣を形成してきたということができます。戦争や災害などよほどの緊急時以外には、人間はなんらかの形式にもとづいて死者を葬り続けてきましたし、また死者を葬る形式そのものが人間社会の文化の一部を形作ってきたのです。

だそうです・・・。




Yamaちゃんが言うには「縄文人は家の近くに死者を埋葬したが、弥生人は離れたところへ埋葬した。」と言うことなんですが・・・。 死者に対する「恐れ」に起因するものだそうですが正直よくわかりませんでした。 もう少し調べて書きます。

 
畑を油田に
2007年06月12日(火) 00:03
Yamaちゃんがバイオエタノールの話を持ち出したので、少し調べてみました。

先ず、「超多収穫米」ですが。


一般的な米が10アールあたり500Kgであるのに対して、「超多収穫米」と言われる品種は倍の900〜1000Kg収穫できるそうです。 しかし、これでは採算ベースまではほど遠い。

で、サツマイモはと言うと・・・。


サツマイモは、10アールあたりの収穫量がコメの4倍強もあって、カロリーに換算するとコメの2〜3倍もある。 つまり、カロリー換算で8〜12倍もあるらしい。 


これなら、採算にのりそう。 サツマイモでやりましょう。(爆)

しかし、同じ日光の量で10倍もデンプンを作ることができるのか? 不思議。


今日も報道はウソを書く
2007年04月15日(日) 20:40
柴犬の基本方針は”報道は操作されているので安易に信じちゃいけない。”ということなのだが。 まあ、一昔前の”三菱自動車リコール隠し問題”の時に新聞やTV他が取った態度は誠にアンフェアで恥ずべきものだった。

☆例を上げれば、”三菱自動車制の車が燃える”というのがあって。あたかも三菱自動車製の車だけが燃えているように報道した。 当時も問題になったが、車が炎上したと言って取材に行きながら、トヨタや日産などの車だったら何事もなかったように帰ってきて記事にしなかった。

三菱車が燃えやすいというのなら、少なくても他社のデータを集めて比較してから記事にすべきだがそんなデータを付けて報道した会社はなかった。 データを集めるのが大変だからというわけではない。 当時調べたところ警察がデータを持っていたし、自動車保険会社も持っているだろう。

何のことは無い、データを無視して都合のよいイメージだけを伝えたのである。

しかし、懲りもせず同じ事をやっている人がいた・・・。
記事はJOCから転記してます。


☆格差社会という幻想

■1.「日本の貧困は深刻」!?■

 最近のOECD(経済協力開発機構)の研究によれば、日本の 「貧困率」は15.3%であり、これは主要先進国の中ではア メリカの17.1%に次ぐ高さで、これをもって「日本の貧困 は深刻だ」という意見がある。

 同時に、この10年間で、正社員が約400万人減り、派遣 社員、パート、アルバイトなど、非正社員が600万人ほど増 加している。「勝ち組」の正社員と「負け組」の非正社員との 「格差社会」が広がっている、という批判の声が上がっている。

「負け組」の典型が「ニート」だろう。「ニート」とは、"Not in Education, Employment, or Training"の頭文字をとったも ので、学校にも行かず、仕事にも就かない若者を意味する。

 平成17(2005)年に内閣府の行った「青少年の就労に関する 研究調査」では「ニートが85万人にも達した」と報告して、 マスコミに大きく報道された。ITや金融で荒稼ぎする六本木 ヒルズ族と、家庭に引きこもり、親のすねをかじりながらTV ゲームで無為な時間を過ごすニートという対比が、現代の「格 差社会」の象徴的イメージとして伝えられた。

 こうして見ると、かつて「平等社会」だった日本は、「勝ち 組」と「負け組」に二極分化した「格差社会」になりつつある ように見える。しかし、それは本当だろうか?

■2.日給1500円のタクシー運転手?■

 格差社会を批判する一人、経済評論家の森永卓郎氏は、その 根拠として、こんな体験談を語っている。

 私は先日、講演で鹿児島に出張したのだが、鹿児島空港 から鹿児島市内までタクシーで6000円ほどかかった。 講演会場に着いたら、運転手さんが「お客さん、帰りも空 港まで送らせてくださいよ」という。私は驚いて、「これ から3時間もかかるんだよ。6000円のために3時間も 待っていたら仕事にならないではないか」と尋ねると、な んと1日の売上が2500円しかない日も多いのだそうだ。 たぶん日給にしてせいぜい1500円程度である。

 それまで無業者だった人が突然タクシー運転手になるこ とは考えにくい。リストラや規制緩和によってそのような 厳しい境遇に転がり落ちてしまうという状況それ自体を問 題にすべきではないのか。あるいは、その前にリストラさ れていることが問題なのだ。

 雑誌『世界』平成18(2006)年5月号に掲載された「金融資 産への課税強化を」の中の一節である。持てる人から税金で取 り上げ、「持たぬ者」へ再配分して「格差社会」を是正しよう という趣旨だが、どうもこの体験談には違和感がある。

■3.これでも「経済評論家」?■

 まずタクシー運転手が「日給にしてせいぜい1500円」な ら、土日も休まず月30日働いても、月給は4万5千円にしか ならない。これではそもそも生計が成り立たないのではないか。 「1日の売上が2500円しかない日も多い」だろうが、森永 氏のような上客を乗せて、一日何万円も稼ぐ日もあるはずだ。

 厚生労働省が発表した「平成15年賃金構造基本統計調査」に よると、タクシーの運転手の平均年収は306万7,800円、月収に 直すと25万円強になる。こうした基礎的な統計数値を無視し て、一人のタクシー運転手からの「伝聞」をもとに経済政策を 云々するのは、「経済評論家」としての信頼性を疑わせる

 第2に、「6000円のために3時間も待っていたら仕事に ならないではないか」という発想自体が、庶民的な生活感覚か らほど遠い。空港から市内まで往復1時間として、待ち時間3 時間を入れても、4時間で1万2千円、時給にして3千円であ る。そのうえ3時間は待ち時間だから、昼寝をしていてもいい し、市内で流しをやってさらに稼いでも良い。コンビニなどで 目まぐるしく働いても時給千円にも満たないパートやアルバイ トから見たら、なんとも羨ましい限りの話ではないか。

 ちなみに鹿児島空港から市内へのリムジンバスなら1200 円で行ける。それを6000円も払ってタクシーで行くような 売れっ子評論家という「勝ち組」には、そもそもこういう庶民 のたくましい知恵も「厳しい境遇」としか映らないのか。こう した認識ギャップを「格差社会」の証左とするなら、肯けない こともないが。

 第3に、「リストラや規制緩和によってそのような厳しい境 遇に転がり落ちてしまう」というが、確かに規制緩和によって、 タクシーが増え、運転手の収入が落ちる、という面があるだろ う。しかし、その一方で、失業中の人がタクシー運転手に採用 されて、収入を得られるようになった、という面もある。そう いう失業者も含めて考えれば、規制緩和により「格差」は是正 されている、と言えるのである。

 どうも、この程度の、素人にもすぐ見破れるような説を説く 「経済評論家」たちが「格差社会」を論じているようなのだ。 「格差社会」論に対して、もう少し事実に根ざした論理的な検 証が必要だろう。

■4.「貧困率2位、日本は“堂々たる”格差社会に」■

 この森永氏は「貧困率2位、日本は“堂々たる”格差社会に」 [2]などと主張しているが、その根拠である「日本の貧困率は 15.3%で、主要先進国で2番目の高さ」という説を吟味し てみよう。

 まず、この「貧困率」の定義だが、これは「年収が全国民の 年収の中央値の半分に満たない国民の割合」を示す。中央値と は、国民を所得順に並べて、ちょうど中間の人の所得を指し、 日本の場合は平成14(2002)年の厚労省調査では476万円で ある。その半分の年収238万円以下の世帯が15.3%ある、 ということになる。

 この「貧困」とはあくまでも相対的なものである事に注意す る必要がある。たとえば某・発展途上国の年収の中央値が7万 円とすると、3万5千円以下が「貧困」ということになる。こ の年収3万5千円、すなわち、1日100円以下で暮らしてい る超極貧人口が10%いたとしよう。すると、この国の貧困率 は10%で、日本よりも大幅に低い、ということになる。「こ うした国より日本は貧困者が多い」と言われて、納得する人が いるだろうか。

 さらに、この「貧困」の定義は「収入」をベースにしている。 家を持ち、貯金でゆうゆうと暮らしている定年後の高齢者も、 年金収入が238万円以下なら「貧困」とされてしまうのであ る。団塊の世代が定年を迎えつつある現在、こういう「貧困」 者が増加するのも当然であろう。

「貧困率2位、日本は“堂々たる”格差社会に」という「堂々」 たる主張の根拠は、この程度の貧弱なものだ。

■5.「働く気力を失った若者が激増している」?■

 次に「ニート85万人」説を見てみよう。このデータの出所 は、内閣府が発表した「青少年の就労に関する研究調査」[3] だが、ここでは「15歳から24歳までの無業者(仕事につい ていない人)」を以下の3つに分け、第2、第3の型を「ニー ト」と定義している。

(1) 就職活動をしている「求職型」
(2) 就業希望は表明しているが、就職活動をしていない 「非求職型」(=「働きたいニート」)
(3) 就業希望を表明していない「非希望型)(=「働きた くないニート」)

「働きたいニート」「働きたくないニート」の中には、さまざ まな人がいる。まず親元で家事に従事している未婚者。厚生労 働省の『労働経済白書(平成17年版)』では、この「家事従 事者」を除いているので、ニートは64万人と20万人も少な くなっている。

 それ以外にも、進学浪人など「進学・留学準備中」、司法試 験や公務員試験などの「資格試験準備中」「芸能・芸術関係の プロを目指して準備中」「療養中」「結婚準備中」「介護・育 児中」などが、全体の三分の二を占める。こういう人々を「働 く気力を失ったニート」と呼んだら、本人が怒るだろう。

■6.「ニート激増」の実態は?■

 また上記の内閣府の調査は、このニートが平成4(1992)年か ら平成14(2002)年の10年間で67万人から85万人まで増 えたとしている。これが「ニート激増」という印象を与えたの だが、3つのタイプの増加を見てみると、次のようになる。

(1)「求職型」       64万人→129万人
(2)「働きたいニート」   26万人→ 43万人
(3)「働きたくないニート」 41万人→ 42万人

 真のニートと言うべき「働きたくないニート」(家事従事者、 浪人中などの疑似ニートを含むが)は、ほとんど増えていない。

 無業者のうち、激増しているのは、(1)の求職活動をしてい ても仕事が見つけられない「求職型」である。この10年間は 北海道拓殖銀行や山一證券の倒産に端を発する金融危機により、 日本経済が未曾有の不況に見舞われた時期である。労働市場全 体も当然縮小し、いくら求職活動をしても仕事が見つからない 若者が激増した。

 ハローワークなどに行っても、どうせ仕事が見つからないと あきらめて、求職活動もしなくなる若者も当然増加する。(2) の「働きたいニート」が増えたのも、これが主要因だろう。彼 らは「働きたいニート」と言うより、「不況のために就職活動 をあきらめた若者」なのだ。

■7.「ニート激増説」は「リフォーム詐欺」■

 この実態を見れば、この調査から得られる結論は、「働く気 力を失ったニートが激増した」ではなく、「未曾有の経済危機 により、働きたくとも職を得られず、ついには求職活動さえも あきらめてしまった若者が激増した」ということだろう。その 対応策としては、結局、「構造改革・規制撤廃による日本経済 の活性化」という「格差社会」論者たちが批判している小泉政 権の政策そのものになる。

 それにしても、内閣府はなぜこんな作為的、かつ扇動的な調 査を発表したのか。この研究調査の委員長は、東京大学社会科 学研究所助教授(当時)の玄田有史氏であるが、この玄田氏こ そ、『ニート――フリーターでもなく失業者でもなく』の著者 として、ジャーナリズムの世界でニート問題に火をつけた張本 人である。

 同じく東大社会科学研究所助教授の本田由紀氏は、玄田氏の 研究を「リフォーム詐欺」と批判している。家屋が痛んでもい ないのに、修理が必要と騙して、リフォーム代金を巻き上げる 詐欺である。

「ニート」への社会の不安や憎悪をかきたてておいて、自 らが救世主役となり、本当に必要かどうかわからないリフォ ームに諸資源を投入するようなことは問題です。

■8.非正社員600万人増で格差社会?■

 次に、フリーターや派遣社員など、非正社員化の動向を見て みよう。前述のように、10年間で正社員が約400万人減 り、非正社員が600万人ほど増加しているのは事実である。 しかし、非正社員化の傾向を批判しながら、同時に200万人 もの雇用増が生じたことを無視するのは問題がある。

 正規社員だけで仕事をこなせ、と規制されたら、企業は、仕 事量が減るリスクも考えて、採用を慎重にせざるを得ない。し かし、調整の効く非正社員なら、より積極的に採用でき、それ が雇用増を生む。雇用が広がれば、収入ゼロの無業者が減り、 社会的な格差は縮まる。

 一方で、働く側にも「子育てや介護の時間が必要なので、賃 金は少なくとも時間拘束の少ない非正社員なら働ける」など、 非正社員化が就業機会を広げる面もある。

 さらには、非正社員の中から正社員を採用するという道も開 けつつある。たとえばユニクロは今まで、正社員は千数百人の 店長・サブ店長だけだったが、販売員の4分の1、5千人を一 気に「地域限定正社員」とした。「今後は接客などのサービス が売上拡大のカギになる。マニュアルを守るだけでなく、自分 で考え、良質なサービスを提供できる販売員が必要」というの が、ユニクロの考え方だ。こうした動きは、品質維持・技術継 承が生命線の製造業でも広がっている。

 いずれにしろ「非正社員化によって、固定化した低所得者層 が増え、格差社会が広がっている」というイメージは一面的に 過ぎる。

■9.「学力格差社会」こそが真の問題■

 こうしてみると、「貧困率2位」説、「ニート85万人」説、 「非正社員600万人激増説」など、「格差社会」を裏付けよ うとする根拠は、いずれも「リフォーム詐欺」的で説得力に欠 ける。

 しかし、格差社会の存在を示す確かなデータがある。ちょう どこの4月13日に文科省が発表した高校生の英語、数学、化 学の学力テストの結果では、高得点層と低得点層との二極化の 傾向がはっきり示された。また勉強時間でも「全く、またはほ とんどしない」が39%、「一日3時間以上」が24%と、こ れまた極端に二極化した。

 私立の進学校や塾に通って勉強する子供と、公立校の「ゆと り教育」でほとんど勉強しない子供との明確な「学力格差」が 見てとれる。

 この「学力格差」こそ、現在のわが国が抱える本質的な格差 問題だと筆者は考える。基礎的な学力に欠けていれば、社会に 出ても「再チャレンジ」は困難である。そして親が「低学力− 低収入」では、子供に私立校や塾に通わせられず、「格差」は 世代を通じて固定化されてしまう。

 かつてのわが国は、安価で良質な公教育により、貧しい家庭 に生まれた子供でも、公立校から国立大学へと進み、社会のエ リートになれるという道があった。それが貧富の格差を乗り越 える道であり、そこから国全体の活力も生み出されていた。

「ゆとり教育」の早急な廃止と公立校の立て直しこそが、「教 育の機会の平等」を実現し、「格差社会」を打破する対策であ ると考える。 (文責:伊勢雅臣)


どう思う?
表音文字失格者
2007年03月05日(月) 07:50
ニコラさんのブログでちょっと前に「オランダ語のスペリング改正」がUpされていた。これは、日本で言えば文部科(文部科学省)が行っている常用漢字の改正と同じと思って良い。 基本的には、現状や将来に対応するために文字を改正を行うのである。

中国(中華人民共和国)でも同様で、1960年代に漢字を簡略化した「簡体」を制定している。

ところが、そういう改正とは無縁の言語がある。 何かお分かりでしょうか?


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バリアフリーの弊害
2007年02月28日(水) 07:54
「山登りの効用」から続きです。

山登りから思いついた記事ですが、何を懸念しているかというと今急激に進んでいるバリアフリー化なのです。 それは、どうしてかというと次のようなことなのです。

【日本人解剖】運動能力「子供」 体力低下、歯止めかからず 2007/02/19 産経新聞からの抜粋
 日本の子供の基礎体力が下がり続けている。20年前と比べ、特に持久力や跳躍力などの低迷が著しい。運動不足が主な原因とみられ、専門家は「将来の生活習慣病につながる可能性もある」と警鐘を鳴らす。そんななか、都心部では「体育の家庭教師」が人気を集め、子供の体力増進につながる新しい取り組みとして注目されている。(堀江政嗣)
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/kosodate/070219/ksd070219001.htm

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山歩きの効用
2007年02月27日(火) 08:35
先週土曜日に、友人のYamaちゃんと岡山県赤磐市の熊山に登ってきた。 県南の山では最も人気があると言うことで数組のパーティーとすれ違った。 中高年者の登山ブームとちまたで言われる通り、年配者が多かったが。 (我々も周りからみれば、立派に中年なのだが。気持ちだけは若い。)

登りは終わって、さて下りなのだが。下りになると違うのである。何が違うかというとそれは・・・・


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