明るく、楽しく、嫌らしく。 難しい事は易しく。 重い話題は軽くさばきます。 syn3の私的覚書きです。
西洋と日本の自然観 美術館へ行こうPart5
2007年01月15日(月) 20:47
「風に立つライオン」さん所のブログで地震の話がでたので、サンフランシスコ大地震について調べていたところ、地震学者の寺田寅彦氏の「日本人の自然観」と言う記事を読み。それが、今回のテーマとスパークしたのです。

以下、全文を載せます。

「科学技術・学術審議会 学術分科会 人文・社会科学特別委員会(第6回)議事録」

昭和10年の寺田氏の最晩年の作品「日本人の自然観」は,万葉集,記紀神話,源氏物語,平家物語,能楽,浄瑠璃,俳諧等の文学的な伝統をすべて取り上げ,最終的に日本人の自然観とは何かという問題を論じた長大なエッセーだが,この中で,非常に感銘を受けたのは,日本の自然の特色を,西ヨーロッパの自然の特色と比較しているところである。

西ヨーロッパの自然は大変安定しており,その原因は地震がないからだという。東ヨーロッパや南ヨーロッパは地震が多発する地域が数多くあるが,西ヨーロッパだけ地震が極めて少ない。その自然の安定性があって初めて,西ヨーロッパで自然科学が高度に発達したというのが,寺田氏の考え方である。自然を定量的に観察し,分析し,コントロールし,活用し尽くすことのできた自然的背景,それが地震のない西ヨーロッパの自然の安定性だということだ。それと対比して,日本の自然は大変不安定で,その最大の原因が地震であるという。台風や洪水もあるが,その自然の不安定さの質は全然違うというわけである。 

その最も不安定な地震という自然的条件に,日本列島人−−日本列島人という言葉は,寺田理論をより普遍的な言葉で言いかえるために,個人的に用いている−−は長い間つき合ってきた。そのような自然に対して,日本列島人は,自然が威力を発揮するようなとき,その自然に反逆することを最初から諦めていた。自然から学び,自然の前に膝を屈し,自然から学ぶという姿勢を保つようしていた。そして,その猛威を奮う厳父としての自然からさまざまな知恵を学び蓄積する,その営々とした努力の中から日本の学問は生まれた。日本の自然科学は,そのような伝統の力の影響を強く受けている。

ヨーロッパにおける自然科学と日本における自然科学の発達は,おのずからその点で違っている。自然科学の普遍性を主張する人は多数いるが,自然科学においてすら,民族性や風土性に強く影響されている側面があるということを,昭和10年という段階で寺田寅彦氏は言葉鋭く指摘している。昭和10年までは日本の自然科学は健全だった。寺田寅彦氏の昭和10年の段階,「日本人の自然観」の段階に戻るべしというのが,私の最も主張したい意見である。

また,そのような恐るべき自然と長い間つき合ってきた,その危機管理思想によって生み出された知恵から,自然の中に人間の力を越えたものが存在することを自然に感ずるようになった。自然の中に神の声を聞き,人の声すら聞くようになった。そこから日本列島人の間に,「天然の無常」という感覚・考え方が生み出されたと寺田氏は言う。 「天然の無常」というのは宗教的な用語だが,それをもっと普遍的な場面で寺田寅彦氏は指摘したのではないか。仏教が日本に入って来て初めて日本人は無常を知ったのではなく,それ以前から,日本の風土そのものが日本人に教えてきたものが,この「天然の無常」であるということである。

自然科学者の究極の認識が,宗教的なある真理と裏表の関係で結びついているところが非常におもしろい。それは地震学者でなくては到達し得ない認識だったのではないか。

終わり。

要は、日本は地震をはじめ台風、火山などの天災が多くあった為。 日本人は自然をあらがう事のできないものとしてとらえ、自然に合わせる生き方を選んだ。

対して、ヨーロッパ特に西側には、天災は少なく穏和だった為。 人々は自然を克服できるものとしてとらえ、自然を征服する生き方を選んだ。 と言うことでしょうか。


絵画の背景に過ぎないと思われる草木ですが、このような文化的な違いを意識して鑑賞すれば、また違った面白さが感じられると思いますが。 如何でしょうか?


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シンメトリーの発芽 美術館へ行こうPart4
2007年01月15日(月) 19:10
kigo君が発端となった、「シンメトリーの起源」

モナリザで裏切られ他を捜してみると、「The Adoration of the Magi」(マギの礼拝 ダビンチ)の背景に木が描かれてあった。 よーく見ると、なるほど完全じゃ無いがほぼ対称と見えないことはない。

☆マギとは賢者。マリヤとキリストを中心に三賢者が取り巻いている。
20070115190434.jpg

ルネッサンス時期のイタリアの画家を調べてみると、ボッティチェリの「The Cestello Annunciation」(受胎告知)に絵描かれている木はハッキリしていている。 なるほどね。 言えてるかも。

☆マリア右に受胎を告知するガブリエル。 20070115190651.jpg

「西洋のシンメトリカルは、生えていた草木の対称性が影響している。」は要因ではありそうです。(一神教下での「神の創造」と言う影響も大きいと思うので、それが全てとは僕は言わない。)


しかし、その後もっと興味深い事が分かってきたのです・・・。  つづく




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シンメトリーの発芽 美術館に行こうPart3
2007年01月15日(月) 18:39
先日、腹黒帝じゃなかった、腹黒亭で食事をごちそうになった時のことです。 (腹黒帝だと、スターウォーズの暗黒帝王ダースヴェーダみたいでかっこよすぎます。 「プホォ〜。」何てね。)

Kigo君が「モナリザの背景の木って、左右対称なんですよ。知ってました、syn3。」とウンチク話をし始めた。「イタリヤ地方は気候が穏やかだったので植物がスクスクと育ち、生来もっている形に育つんですよ。 日本みたいに、変に曲がったりしない。 だから、ヨーロッパではシンメトリカルな庭とか建造物が多いのです〜。」 とのたまわりよった。 さらに続けて、「絵の背景を研究している人がいて、その結果分かったことなんです〜。」  

「ふ〜ん。」といいつつ。内心、「これは、ネタになる。」と思いました。 

しばらくして、「モナリザ」を見ると。 「・・・」

背景の木の形などわからん。 Kigoめやったな。 絵を間違えたな。 

しかし・・・。 つづく

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たぶん説明不要。 モナ・リザ 20070115182725.jpg

年始の神社参りにあたって知っておこう 注連縄Part3
2006年12月28日(木) 07:00
<津和野 太皷谷稲成神社 島根県> 20061228071001.jpg


新年を迎えるにあたり、神社にお参りする機会もあると思います。そこで、神社に付きものの注連縄について、まとめておきたいと思います。ここでは、一般とは逆の、左本右末型について。

出雲大社型の左本右末型注連縄を持つ代表的な神社としては、愛知県津島市の津島神社(祭神は牛頭天王つまりスサノオ)、同じくスサノオ(クシミケヌ)を祀る熊野大社、大物主を祀る三輪山の大神神社、愛媛の大三島町にある大山祇神社などが挙げられる。珍しい結び方ではあるが、決して出雲大社だけのものではないということに注目したい。

「注連縄の豆知識」はこちらをクリック!(参照)
  http://www2s.biglobe.ne.jp/~auto/SIMENAWA.html


左本右末は注連縄の一割程度しかない。

逆に言えば一割もある。 代表的なものを上げると
・津島神社拝殿(愛知県津島市)祭神:須佐之男命 (すさのおのみこと)全国の津島神社3000余社の総本宮。
・出雲大社(島根県大社町)  祭神:大国主命
・熊野大社(島根県八雲村)  祭神:熊野大神櫛御気野命(くまののおおかみくしみけぬのみこと)素戔嗚尊(スサノオ)と同一神とされる。
・大神神社オオミワジンジャ(奈良県櫻井市)祭神:大物主(おおものぬし)大国主命
・大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)(愛媛県大三島町)祭神:大山積神(オオヤマツミ スサノオの妻の系統)岩長比売(イワナガヒメ スサノオと結婚したオオヤマツミの娘のコノハナチルヒメは、イワナガヒメの別名であるとする説もある。)

こうしてみると、左本右末の注連縄を用いる神社の祭神は、大きく素戔嗚尊と大国主命に集約されそうである。

ここで、注連縄の起源について振りかってみたい。 で、天の岩戸の話を読んでいただきたい。

《天の岩戸の物語》

・・・・・・・素戔嗚尊(スサノオノミコト)の行いといえば、 それはひどいものでした。
田畑を荒らしたり、神殿に糞をまいたり・・・・・・・

ある日、天照大神が神聖な機殿(はたどの)で機織りをしていると、 素戔嗚尊は部屋の棟に穴を開け、 まだら毛の馬の皮を逆さにはぎとって、穴から落とし入れたのです。 驚いた天照大神は機織りのひでケガをしてしまいました。

これに怒って天照大神は天の岩屋の戸を開いてこもってしまったのです。
このため、世はまるで死者の国のように真っ暗闇になって、 あらゆる邪神が満ちあふれ、いっせいに禍が発生してしまいました。

八百万の神々は、天の安川の河原に集まって、相談をし、 常世の国の長鳴き鳥をあつめて、互いに鳴き競わせ、 天の金山(かなやま)の鉄(まがね)を採って日矛を作り、 八咫(やさか)の勾玉をつくり、八咫の鏡作って飾りたてました。
そして天のうずめの命は、香具山の天の日影をたすきにかけて、 天のまさきをかずらとして髪にまとい、天の香具山の笹の葉を 束ねて手に持ち、かがり火を立てて、岩宿戸の前で、 桶を伏せてそのうえで足を踏み鳴らしながら、踊り騒ぎました。

・・・・・天照大神は不思議に思って、天の石戸をすこし開いて、 「私はこの岩戸にこもっているので、世の中はまっくらであろう。 なのになぜ天のうずめは、喜び笑いたのしくさわぐのだろう?。」 といいました。

そこで天のうずめの命は、 「あなた様にもまさる尊い神様がおいでになっているので、 喜び笑い踊っているのです。」と答えました。
このように言っている間にも、他の神様がこっそり八咫の鏡を さしだしたので、天照大神がこれを見て、また不思議に思って、 石戸をまた少し開いて鏡をのぞき込むと、ますます不思議に思い、 そろそろと岩宿戸からでてくると、石戸のそばに隠れてたっていた神様が、 天照大神の手を取って、岩宿戸の外に引き出してしまいました。

また他の神様たちが、天照大神の後ろに注連縄(しめなわ)を引き渡して、 「この中にもうもどらないでください」とお願いしました。

このようにして、世の中に明るさが戻りました。
そして素戔嗚尊は高天原から追放されてしまいました。

 
                         ・・・・天の岩戸の物語


スサノオが忌み嫌われた理由と、注連縄の意味がよく分かる物語だと思います。


☆ここで、太皷谷稲成神社のしめなわですが、画像をご覧下さい。
20061228070127.jpg
 
一般的な、右本左末型であることが分かります。

何で、一般的な注連縄をここにもってきたのか? もう少しお付き合い下さい。

太皷谷稲成神社の御祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)について調べると。
”ウカノミタマは、日本神話に登場する神。古事記では宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、日本書紀では倉稲魂尊(うがのみたまのみこと)と表記する。

古事記では、スサノオの系譜において登場し、スサノオとカムオオイチヒメ(オオヤマツミの娘)との間に生まれ、大年神は兄としている。日本書紀では本文には登場せず、神産みの第六の一書において、イザナギとイザナミが飢えて気力がないときに産まれたとしている。
名前の「ウカ」は穀物・食物の意味で、穀物の神であり、稲荷神(お稲荷さん)として広く信仰されている。

古事記・日本書紀ともに名前が出て来るだけで事績の記述はない。性別がわかるような記述もなく、男神とも女神ともされる。稲荷神社の総本社である伏見稲荷大社では女神としている。”

スサノオの系譜であれば、注連縄は左本右末であるはずです。しかし、注連縄は右本左末型。 となれば、ウカノミタマはスサノオの系譜ではなくて、イザナギとイザナミの子と言うのが柴犬の見方です。 どうでっしゃろ?

今後神社にお参りしたときは、その祭神と注連縄にも興味をもって見てくださると幸いです。

注連縄については今回で終了です。 
暗黒神話 注連縄Part2
2006年12月25日(月) 00:58
僕がこんなに、注連縄に注目しているのに自分自身不思議なのだが・・・。 思い当たった、事がある。 

それは、「暗黒神話」。 

伝奇的作品に関しては、日本漫画界の第一人者である、諸星大二郎氏の作品である。

大二郎氏による、この「異形の神々」が登場する伝奇漫画は、それまでの僕の日本神話に対する僕の認識を粉々に打ち砕いてしまったのだ。 そして、物の見方さえも。

ウィキペディアによると、

”諸星大二郎の代表的な作品は主に古史古伝にもとづく伝奇的作品であり、異形の存在によって人間世界の日常の価値観や宇宙観を転倒させるような衝撃的な作品をいくつも生み出した。また、日常の不安を形にしたような寓意的な作品も得意とする。彼の作品は日本の漫画史の中でも独創的かつ画期的であり、後に続くマンガやアニメーションに大きな影響を与えた。また、『少年ケニア』などの流れを汲む独特の画風は、彼のアシスタントに「どこをどうアシすればいいか分からない」と言わしめるほど独創的であり、手塚治虫が「僕は描こうと思えば誰の絵でも描ける」と前置きした上で「諸星大二郎だけは描けない」と語ったことがある。”

手塚治虫先生は「僕は、描こうと思えば大友君(大友克洋 おおともかつひろ)の絵は描けるんだよ。(本当に描けるんですか? との思いは当然あるが、それはおいといて。) 諸星大二郎だけは、無理。」と語ったらしい。 

また、同じく漫画家の星野之宣氏との対談の中で、諸星大二郎氏の描いた宇宙船にたいして読者が「これ、本当に飛ぶんですか??」と質問したとか・・・。 

(*`◇´*) 爆笑 (もっともな御質問です。私もそう思います。)

そしてなんと、諸星氏の描いた『生物都市」は非常に高く評価され、『'74日本SFベスト集成』(筒井康隆編)に収録されたのです。小松左京、星新一、半村良、眉村卓などそうそうたるメンバーが収録される中に、漫画家としては手塚治虫氏と彼だけ?が入っている。

「暗黒神話」と出会ったことで、表ではなくて、裏を読んでしまうような性格になった気がする。 諸星大二郎の「暗黒神話」。「百億の昼と千億の夜」望都 原作:光瀬龍。 「地球へ・・・(テラへ)」竹宮惠子。この3冊の漫画だけは、いまだ、手元に残っているのだが・・・。

☆由良比女神社の注連縄。”結界と注連縄 注連縄Part1”を読んでいない人は、おしながきの「目からウロコ」にある記事を読んでください。

今年の夏に、隠岐の島(西ノ島)に海水浴に行った時の画像をみていて気がついたのだが、由良比女神社(ゆらひめじんじゃ)の注連縄も左本右末だった。
<写真>
20061225004203.jpg

出雲には左本右末の神社が多いとは聞いていたが。 これほど多いとは・・・。 右本左末の神社を探して、主祭神(祭られている神様)を比較したら面白かろうと思ってしまう。(既に誰かがやっていると思うが、今のところWeb上にはみつからなかった。)

オマケ写真 魔天崖・隠岐の島(西ノ島)
魔天崖

今週末に、木部谷温泉に行くので近くに神社があったら寄ってこようかな。

☆注目資料
出雲四柏手(四拍手)は怨霊を封じる呪術なのか?
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/sakura-komichi/kodaishi/sihakushu.shtml
パンドラ屋秘話
2006年12月22日(金) 17:48

何でパンドラなの?と疑問に思っている人へ。実は、パンドラには3つの意味が込められている。

一つは、「幸福を求める」 次は「好奇心」 最後は、「固定観念に囚われないこと」です。

どういう事かというと。みなさんご存じの「パンドラの箱」には、実は諸説があって、一般に知られているものとは180度異なったものまである。それは、幸福説と呼ばれるもので、実は箱の中に入っていたのは幸福であったと言うものである。

この説では、箱の中には神々から授かった幸福が入っていたのだが、蓋を開けてしまった為に全て逃げ出してしまった。そして、動きの遅い希望が最後に箱の中に残されたと言うのだ。そのため、我々は幸福を求めて行くのだという。 

この話から、「幸福を求める」と「固定観念に囚われないこと」をもらっている。

またギリシア神話によると、パンドラはゼウスによって、好奇心を与えられた初めての人間という事になっている。

この話から、「好奇心」をキーワードとしてもらっている。

以上3つの精神でこのブログを運営していきたいと思っています。 ̄ ̄∇ ̄)_ _)うん

画像は ”Pandora Jules Joseph Lefebvre(1882)”
たぶん、ブーグローと同じ新古典主義。 ブーグローって知ってる?

パンドラ
結界と注連縄
2006年12月16日(土) 11:03
20061216110300

先日、鳥取温泉に行ってきました。その途中、白兎神社にお参りしたのですが。 そこで、柴犬は不思議なことに気がついたのです。それは・・・。 シメナワが 逆なのです!!

お正月まであと半月。今回は注連縄(しめなわ)について柴犬が吠える!?

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