明るく、楽しく、嫌らしく。 難しい事は易しく。 重い話題は軽くさばきます。 syn3の私的覚書きです。
『姓差別』後編
2008年01月11日(金) 20:58
世界は『姓差別』に満ちているのがおわかり頂いたでしょうか? そこで、本命である。





○第一次創氏改名 乙支文徳はなぜ消えたのか?


乙支文徳(ウルチムンドク)は韓国の人ならだれでも知っている英雄だそうだが、現在の韓国にこのような姓名を持つ人は聞いたことがない。

これは、新羅中代に唐の影響で姓名を中国風に、いや中国そのものに改名してしまった為である。 もちろん姓を持っていたのは当時の支配階級だけで被支配階級には無縁の話ではあるが。

この話は、雲池垢斎殿が以前ポロッと教えてくれた話を調べて判ったのですが、実は 呉善花さんと井沢元彦氏の共著である「やっかいな隣人、韓国の正体」にも書かれていた。

実は、これに似た改名は日本でも行われていて、ご存じ聖徳太子が行った改革に前後して日本人の名前も短くなったのはこのせい。つまり、中国的に姓と名を1〜2文字の構成となった。これは中国では姓は一文字の方が偉いと考えられて為で、長い姓は蛮族と見なされたことによる。 

韓国と日本が大きく異なるのは、韓国が「李」「金」などの中国に既存の姓を多く用いたにたいして、日本は中国にはない日本独自の姓を付けたことが大きく異なる。これは、隋・唐に冊封し隷属していた韓国と、冊封を拒否してあくまで独立を貫いた日本の精神的な差がそうさせたと柴犬は思う。

☆当時の韓国の支配階級はなぜ中国の姓を名のったのか?まあ、考えて見てください。






○第二次創始改名 李氏朝鮮での姓名



いわゆる創始改名については、他で多く取り上げられているので、ここでは『姓差別』の視点で考えてみたい。

先ず、第二次創始改名以前の李氏朝鮮の姓名はどうだったかというと・・・。

李朝時代には職業分化の中から,職業と結びついたかたちで〈七般公賤,八般私賤〉などと呼ばれる多様な賤民が生まれ、厳しい差別があった。いわゆる白丁(ペクチョン)や公私の奴婢の人々だ。そして、重要なのはこれらの階層の多くに姓の無い(持てない)人が沢山いたことである。

これは、特に李氏朝鮮に限った事ではなくて、近代以前の歴史では至る所に見られる。詳しくは記号君が調べてくれるだろう。(笑い)

☆先ず第一に創始改名では、創始によりこれまで姓を持てなかった階層の人々に与えた。 次に、改名によって日本人と同じ姓名を名乗ることが許された・・・。

これっておもいきり『姓差別』を無くす方策なんだけどね〜。 韓国人が文句言う意味がわからん。 

「姓名を奪われた!」って? そもそも大半の人は姓を持っていなかった上に、両班が持っていた姓も中国様の姓だろう。伝統ある朝鮮民族の姓名は第一次創始改名で失われているじゃんか。



 ウルチムンドクはどこへ行ったんだ!!



☆最後に・・・。

以前在日の友人になんで通名を名乗るのか聞いたら一言。






「差別を受けにくいから。」
  




ま、そうだろうね。   終わり     


なるほど〜
ちょっと調べてみましょうかね〜。

しかし名前も事大主義で変えたんですね〜
例えばアンクル・トム
なんか、姓が持てなかったんじゃないだろうか? 南北戦争以前、もちろん以後の黒人はさべつされているからね〜。 奴隷は姓を持てたのか否か?

姓名と差別の歴史を調べただけで、一冊本が書けると思うよ。 面白そうでしょう。 だから、少し調べてみてちょ。 お願い。
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