明るく、楽しく、嫌らしく。 難しい事は易しく。 重い話題は軽くさばきます。 syn3の私的覚書きです。
人はいつから死を意識したか
2007年11月14日(水) 21:05
先日友人と愛媛の小藪温泉に行ったときのことである。 美味しい夕食も終わり酒も入っていい気持ちでYamaちゃんと話していたのだが・・・。

話題は、「日本文化における祟りやケガレ意識はいつどの様に発生したのか?」と言うようなものだった。 その時にYamaちゃんが「ネアンデルタール人は既に埋葬をしていて、しかも埋葬地の周囲から花粉が発見されていることから献花していたことがわかっているんですよ。」と教えてくれました。



凄く興味を抱かせる内容だったので帰ってから調べてみたのですが・・・


■葬儀のはじまり

人間はいつのころから葬儀という形で仲間を葬ってきたのでしょうか。残念ながらいまのところその起源をはっきりと確定することはできませんが、考古学的に人為的な埋葬の跡らしきものを確認することができます。
今から10万年ほどまえに、中近東からヨーロッパを中心に広く分布していたネアンデルタール人は、われわれ現世人類とは区別して旧人類と呼ばれています。彼らの遺跡には、既に人為的な埋葬の跡と判断できる証拠が多数発掘されています。例ばイラクのある洞窟では、遺体の周りから多くの花粉の固まりが発見されました。それらは薬用植物の花粉であることが確認されておりますので、埋葬者が意図的に有用な草花を死者に手向けたものと考えられております。
こうした事実から、ネアンデルタール人はすでに”生命”を精神的に認識していたとする研究者もいます。
またわが国でも届葬(くっそう)やかめ棺などの埋葬形式が縄文時代や弥生時代に行われていました。当時の人々の心のありようをはっきりと知るすべはありませんが、死者にたいする恐れや敬いの気持ちがあったことは間違いないでしょう。 このように考えてくると、人類は”文化”の習得とともに、死を意識し、死者を葬る習慣を形成してきたということができます。戦争や災害などよほどの緊急時以外には、人間はなんらかの形式にもとづいて死者を葬り続けてきましたし、また死者を葬る形式そのものが人間社会の文化の一部を形作ってきたのです。

だそうです・・・。




Yamaちゃんが言うには「縄文人は家の近くに死者を埋葬したが、弥生人は離れたところへ埋葬した。」と言うことなんですが・・・。 死者に対する「恐れ」に起因するものだそうですが正直よくわかりませんでした。 もう少し調べて書きます。

 
生と死
日本の穢れの感覚とは違うかもしれませんが、インドでも穢れ感があるらしく、インドの食堂で食事をしてましたらみんなコップに口を直接つけずに、水を器用に口に流し込んでのんでました。

ネアンデルタール人のお墓に花が一緒に埋葬されていたことは聞いたことがあります。
献花だと思ってました。
それって
衛生的なことかいな? (笑い)

ネアンデルタール人に死者を悼む精神があったとはちょっと驚きでした。
いわいる・・・
カースト制ですね〜。
自分より低いカーストからの「穢れ」をさけていると思われます。

ちょっと話がそれますが、人間はいつから花を美しいと感じはじめたのかな?
なるほどね。
カーストですか。 キリスト教だったらユダヤ民族だし、それぞれの文化に固有のスケープゴートがありますね。
不確かな情報で申し訳なし
旧石器時代の人が死者を弔っていたという話を何かで読んだのですが、なんだか良く覚えていません。
でも、いい話だなと思いました。

旧石器時代人は自殺をしていたのか気になります。
仕方ないね
歳をとるとだんだん記憶がうすくなるね〜。(笑い)

葬儀と言うのは人類最初の文化的儀式だと思うけどどうだろうね。
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