明るく、楽しく、嫌らしく。 難しい事は易しく。 重い話題は軽くさばきます。 syn3の私的覚書きです。
「打落水狗」
2008年08月24日(日) 18:39
○8月18日、男子110メール障害1次予選で大事件が起きた。アテネ五輪の金メダリスト、 劉翔が他選手のフライングの後、自らスタート地点から去り棄権したのだ。劉翔は中国人にとって 今大会の最大の英雄だった。北島を「日本の劉翔」として中国メディアは報道していたくらいだ。 西洋人の得意種目で世界の頂点に立つアジア人という意味でそのように形容されていたのだが、 その中心はあくまでも「わが中華民族」でなければならないという意識が根底にある。

 さて、そんな期待の星、21世紀の中華人民共和国の星であり、「中華民族」という フィクションの中心的役割を果たすべき存在であった劉翔が棄権したのである。これは 中国人にとって大事件となった。ネットには劉翔を誹謗中傷する罵詈雑言が書き連ねられた。

 「金儲けばっかりして、練習を全然していないから、勝つ自信がなかったのよ。 メダルがとれないと、格好がつかないから、戦う前に逃げたんだ!」  「広告ばっかりかせいで、本業は廃業か? 体操の某みたいに、金メダルの宴会料理で ふとりすぎたんじゃないの?」  「さっさとけがのことを公開しなかったせいで、多くの広告主が泣かされたんだ。 やっぱり、ただの“ごうつくばり”だよ」  「どうして広告に出るときは、けがしていないの? 説明してよ!」  「観衆にむかって、あやまることもせずに、退場するなんて!」  「ケガがそんなにひどいなら、どうして彼を五輪に出した。このような安芝居は、 国民が愚弄され、騙されたような気がする。テレビ画面は世界数十億人がみているのだぞ。 彼に対する組織管理はどうなっていたんだ?劉翔のけがが仮病だとは疑わないし、 ケガをおして競技に参加しろとも思わないが、こうした棄権の仕方はひっじょうに遺憾だ!」

 20日になって共産党機関紙である人民日報が慌てて「劉翔も人間である。怪我をすることも あるので温かく見守るべきだ」という論評を掲載した。つまり、このような論評で国民を 誘導しなければならないほど、劉翔への個人攻撃が激烈を極めているということである。

 そして、同日早朝に行われた女子マラソンで日本の土佐礼子が右足負傷の影響で 25キロ付近で途中棄権した。土佐は救急車で北京市内の病院に搬送されたのだが、 エースの野口みずきも怪我で欠場した日本女子マラソンチームにとって大きなダメージとなった。

 しかし、土佐礼子や野口みずきに向けられた日本のネット世論の声は、大方が選手を かばうもので、叱声はむしろコーチ陣や日本陸連に向けられたものだった。

 「水に落ちた犬を叩け」という諺が中国と朝鮮半島にある。これは魯迅が言ったと 伝えられているが、中国大陸と朝鮮半島の儒教文化圏と、日本列島に花開いた日本文化は 全く相容れない異質なものであることを象徴的に表す言葉だ。「死ねばみんな神様になる」 という言葉に代表される日本式の精神的風土とは全く相容れない。

 中国人アスリートの劉翔と日本人アスリートの土佐礼子。もちろん、2人の過去の記録や 五輪への各国民の期待度は異なっているが、国の代表として五輪に臨む選手が棄権したという 点に於いて同じである。にもかかわらず、これだけ国民の反応が違うことを見て、あらためて わが国と中国の文化の異質性を再確認せざるを得ない。

 文化の違いであれば、それはそれで仕方がない部分はあるのだが、中国式あるいは 朝鮮半島式と言ってもいい文化的風土の国では、スポーツをスポーツとして評価し、 スポーツの価値観を尊重するという文化は育ちようがないのではないかと残念に思う。 五輪がいかに政治性を帯びるようになっても、「スポーツマンシップ」は失ってはならない 五輪を貫く根本理念だ。

ニッカンスポーツ
http://beijing2008.nikkansports.com/news/column/20080823.html







☆ニッカンスポーツいいこと書くじゃないか。


柴犬が今回のオリンピックで一番感動的だったのは、女子のソフトボールが決勝で米国に勝ったとき・・・。 ではなくて(もちろん感動したが。)実はその後のその後の表彰式で米国の選手や監督が日本の選手に対して拍手を送っていたのを見たときだった。

柴犬は米国は嫌いだが、やはりこのような光景を見ると素直にその国民性を評価しちゃうんだよね。 ちゃんとしたスポーツマンシップと言うものを見せてくれる。




打落水狗(da luo shui gou)

で、「水に落ちた犬を叩け」なんだけど。 これはもともと「不打落水狗」という諺が中国にあったのだが、あまりにも酷い中国人の実情を見て魯迅がこれを「打落水狗」 に言い換えたと言うことらしい。

中国民衆の、みじめな生活、みじめな人生をみつめ、民衆の中にあるものをひきだし、その弱点をえぐり取って、支配者に立ち向かえるかを考えた魯迅だったから、中国人の弱点や矛盾を容赦なく暴き出し批判した。

魯迅の最高傑作の「阿Q正伝」を読んで、中国を理解しようや。(笑い)

 | HOME | 

Designed by GALPOP BLOG + GALPOP.NET