明るく、楽しく、嫌らしく。 難しい事は易しく。 重い話題は軽くさばきます。 syn3の私的覚書きです。
ブラックマンデーから20年
2007年10月18日(木) 20:47
あした、10月19日は「ブラックマンデー」から20年目にあたります。


ブラックマンデーって何? って人のためにいつものように ”Wikipedia”から抜粋すると。

○ブラックマンデーとは、1987年10月に起こった史上最大規模の世界的株価の暴落。ニューヨーク株式市場の暴落を発端に世界同時株安となった。

1987年10月19日月曜日、ニューヨーク株式市場が過去最大規模の暴落。ダウ30種平均の終値が前週末より508ドルも下がり、この時の下落率22.6%は、世界恐慌の引き金となった1929年の暗黒の木曜日(ブラック・サーズデー)(下落率12.8%)を上回った。翌日アジアの各市場にこれが連鎖。日経平均株価は3,836.48円安(14.90%)の21,910.08円と過去最大の暴落を起こした。更にヨーロッパの各市場へもつながっていった。

しかし、このときの証券市場の激震は、その後の金融当局による適切な対応の結果、実体経済へは甚大な被害をもたらすにはいたらなかった。

要因

アメリカの貿易収支の赤字幅が予想以上に膨らんでいたことや、1985年のプラザ合意以後のドル安打開のためにドルの金利が引き上げられる観測が広がっていたことが要因として挙げられる。また、当時普及し始めていたコンピューターによるプログラム取引が、ある程度株価が下落すると損失を最小限にしようと、自動的に売り注文を出す為、売りが売りを呼ぶ負の連鎖が起きたためともいわれている。

この二ヶ月前、FRB議長職がポール・ボルカーからアラン・グリーンスパンへ引き継がれていたことも市場の不安心理をあおっていたと見られる。



☆ウキペディアにはさらっとしか書かれていない「プログラム取引」だけど、本当はこれこそが暴落の大きな要素といわれている。

確かに最初のトリガーを引いたのは他の原因だったろうが、それがプログラム取引によりチェーン・リアクションを起こして訳がわからない内に暴落へと発展していったのだろう。

以前にも書いたけど、大口投資家に用いられたプログラムが似通ったものだったために多様性の原理が働かず、右習えで一気に暴落へと突っ走ることになったようである。

ブラックマンデー以後、「サーキットブレーカー」と言って一定以上に下落した場合は市場の取引事態を一時停止してしまい、市場が冷静さを取り戻してから再開するという手法がとられるようになった。

毎度言うけど「多様性を失ったシステムほど脆いものはない。」というのは覚えていた方が良いと思う。


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