明るく、楽しく、嫌らしく。 難しい事は易しく。 重い話題は軽くさばきます。 syn3の私的覚書きです。
生死去来
2007年08月19日(日) 09:12
生死去来

棚頭傀儡

一線断時

落落磊磊





<発音記号>
she1ng si3 qu4 la2i
pe2ng to2u kui3 le3i
y2i xia4n dua4n shi2
luo4 luo le3i lei





☆映画「イノセント」監督押井守 に出てきた漢詩である。

調べて見ると出典は世阿弥の能楽書「花鏡」に有って、意味は、「一旦死が訪れると、あたかも棚車の上のあやつり人形が、 糸が切れればがらりと崩れ落ちるように、一切が無に帰してしまう。」

実は、この漢詩を世阿弥のものとは知らずに中国語の劉老師(リュウ・ラオシ)に意味を尋ねたのだが・・・。



どうも良くわからないらしい。 




この手の話は良くあって、日本人の読んだ漢詩は中国では意味不明な事が多いようです。まあ、あたりまえといえば当たり前なのかもしれないが。

日中国交復興の時に田中角栄が周恩来に自分の作った漢詩を読んで感想をたずねたらしいのだが、韻(いん)を踏んでいなくて周恩来が返答に困ったという話が残っている。

まあ、小学校しか出てなくて基本的な教養のない角栄らしい話ではあるがね。 教養がないと自覚していれば漢詩の心得のある人物に手ほどきを受ければ良いものを。 まあ、論外の例だが。


その点世阿弥は教養人らしく、韻を踏んでいる。(まあ、最低限のルールなのだが。) 発音記号を見れば12,4節はライ、レイ、レイで韻が踏まれていることが分かる。

劉老子に訊いたら「生死去来」の部分だけど、口語では「生死来去」となるのが普通らしい。 つまり「生」は「来る」ものだし、「死」は「行く」ものだから、その順序にするのが普通。 日本語でも「死」は「逝く(いく)」だし、英語でも「Going]を使うしね。 それを順番を入れ替えて、「去来」としたのは韻を踏ませる為なんだね。


それじゃなんで、「去来する」(きょらいする)ってのが一般的で「来去する」って言わないのか?  調べたけど良くわからんかった。(笑い)

また、次のネタにでも。(爆)

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